音楽芸術学部出身の挑戦。「若いうちから積極的に経験を積める環境」を選んだ理由

――菊地さんは音楽芸術学部出身ですが、なぜ建設業界の営業職を志したのでしょうか。
大学では音楽芸術学部で声楽を専攻していましたが、コロナ禍をきっかけに就職活動の軸を見直す機会があり、「自分が本当に実現したいことは何か」を改めて考えるようになりました。 音楽の道を追い続ける選択肢もありましたが、より多くの人の暮らしに寄り添い、生活の基盤を支える仕事に携わりたいという思いが強くなり、「衣食住」の中でも特に“住”に関わる不動産・建設業界に興味を持ちました。 また、父が建設業を営んでいたこともあり、幼い頃から建物づくりが身近な存在だったことも、この業界を志す後押しになったと感じています。
――音楽の道への未練や、異業種への就職に対する葛藤はありませんでしたか。
音楽の道を続けるか、異業種へ進むかについては大いに悩みました。音楽芸術を学んできたからこそ、そのまま音楽の世界で挑戦し続ける選択肢もありました。しかし、就職活動を進める中で、ゼネコンの営業職として街づくりの最前線に立つ姿に強く惹かれるようになりました。 新卒としてキャリアをスタートできるのは一度きりです。まずは建設業界という厳しくも成長できる環境で、自分をしっかり鍛えたいと考えました。 そのうえで、もし数年後に音楽への思いが再び強く残っているのであれば、その時に改めて選択すればいい。そう自分の中で整理がつき、この業界で挑戦する決意を固めました。
――裁量権を持って働きたいというモチベーションの根底には、何があるのでしょう?
将来のライフスタイルについて明確なビジョンを持っており、そのイメージが日々のモチベーションにつながっています。 また、幼い頃から「若い時の努力が将来を形づくる」と教えられてきた背景もあり、早い段階から成果を意識して働きたいという思いがあります。
――数ある企業の中で、最終的に髙松建設を選んだ理由を教えてください。
私がエントリーしたのは、ゼネコン2社と不動産会社1社の計3社のみでした。その中で当社を志望した理由は、人事ご担当者の温かいお人柄に強く惹かれたためです。 面接では圧迫感のある雰囲気は一切なく、終始自然な対話を通じて私の考えや価値観を丁寧に引き出していただきました。 「人事の方がこれほど誠実に向き合ってくださる組織であれば、社風もきっと良いはずだ」という安心感と信頼が生まれ、入社を決意しました。
新卒1年目から一線を任される。営業職が地道に築く、数字に見えない信頼

――日々の営業活動において、特に印象深いエピソードがあればお聞かせください。
豊島区を担当して間もない頃のことです。あるお客様に対してアプローチを行いましたが、当初は全く応答をいただけない状態が続いていました。建設業界は男性の営業職が多いため、当初は距離を感じられていたのだと今は考えています。しかし、そこで断念するのではなく、まずは一人の人間として認知していただくことから始めようと考えました。
――具体的にはどのような手法を採られたのでしょうか。
可愛らしいレターセットを用意し、季節に合わせたシールを添えて、毎週お手紙をお送りしていました。内容はあえて営業色を出さず、先輩からのアドバイスを参考に、週末の出来事など日常のささやかなエピソードを綴るよう心がけました。日記のような温かいやり取りを続けることで、少しずつ距離が縮まり、自然な形で関係性を築いていくことができたと感じています。
――お客様の反応に変化が現れたのはいつ頃でしたか。
しばらく経った頃、お客様から「あなたの存在には気づいていたが、建設会社からの連絡は一律お断りしていた。返事をすると強引な営業を受けるのではと身構えていた」と率直なお気持ちを伺いました。驚いたことに、私が送り続けていた手紙には目を通してくださっていたそうです。 そこで、「必要以上にお時間をいただくことはありません。お役に立てる機会があれば、その時にお声がけください」と丁寧にお伝えしたところ、少しずつ内覧会や相談会へ足を運んでいただけるようになりました。
また、手紙の中で花粉症の話題に触れた際には、「あなたは繊細そうだから心配していた」と温かいお言葉をいただいたこともあります。商品をご提案する以前に、まずは人として向き合い、理解していただくこと。その積み重ねこそが信頼の土台になるのだと実感した出来事でした。
数億の価格差を逆転した大型受注。意思決定を動かした「人間的な信頼」

――初の大規模な受注案件について、詳細をお聞かせください。
初めて担当した大規模案件は、東京都23区内での約70戸規模、数十億円規模のマンション開発プロジェクトでした。競合他社が複数存在するなか、契約が確定するまでの期間は緊張感のある日々が続いていました。
――その状況下で、いかにして顧客の信頼を勝ち取られたのでしょうか。
お客様の状況やお気持ちに丁寧に寄り添い、安心して検討を進めていただけるよう努めました。ご家族の体調や天候などでご負担が大きい場面では、必要なサポートを柔軟に行い、無理なく検討を進めていただける環境づくりに努めてきました。それが信頼関係の構築にもつながったのだと思います。最終的には、複数社が提案する中でも私の説明や対応を評価していただき、当社を選んでいただく結果となりました。
受注後も、お客様が「完成する頃には子どもが5歳になるね」と話してくださるなかで、子ども部屋の設計を一緒に考えるなど、ご家族の未来を共有しながら進められたことは大きなやりがいでした。 自分たちが手がけた建物が、これから先の世代にも受け継がれていく。その責任と意義こそが、この仕事の醍醐味だと感じています。
――入社3年目となり、業務において求められる役割に変化はありましたか。
1年目は「新卒の熱意」で許されていた部分もありましたが、現在はプロとしての確かな知識が求められます。お客様からの質問も高度になり、建築基準法や不動産税務など、専門的な回答ができなければ信頼を失う厳しい環境です。髙松建設では営業職が建物完成まで一貫して伴走するため、現場では十分な知識が求められます。
――その専門知識は、どのようにして習得されたのですか。
社内のサポートを受けながら、さまざまな打ち合わせに積極的に参加し、実践の中で知識を深めていきました。打ち合わせで耳にした専門用語や初めて触れる概念は、その場で必ず記録し、後ほど自分の中で確実に理解できるよう整理していました。自分が正しく理解していない言葉は、お客様にとっても分かりづらいものになってしまいます。だからこそ、一つひとつの知識を丁寧に落とし込み、納得感のある説明ができる状態をつくることを大切にしてきました。 こうした小さな積み重ねこそが、お客様への誠実な姿勢につながり、結果として信頼や成果へと結びつくと考えています。
街に残り続ける価値を創る仕事。ライフステージが変わっても「生涯、営業職」でいたい理由

――今後のキャリアビジョンと、建設営業職としてのやりがいについて教えてください。
私たちの仕事は、お客様の資産を次世代につなぐパートナーとして、ご家族の成長に寄り添う仕事です。受注した案件の中でも、完成したマンションでお子様が成長していく姿を共に想像しながら設計を進める過程に、大きな喜びを感じました。私がこの世を去った後も、自分が手掛けた建物が街の一部として残り続けることは、この仕事にしかない誇りです。
――最後に、これから入社を目指す後輩たちへメッセージをお願いします。
将来的に結婚や出産というライフステージの変化があったとしても、私は再び営業の現場に戻ってきたいと考えています。それほどまでに、お客様のお悩みを解決し、信頼を築くこの仕事には魅力があります。髙松建設には、情熱を持って挑戦する人を支える土壌があります。大きな志を持ち、泥臭く努力を厭わない皆さんと共に働けることを楽しみにしています。